こ の 仔 だ あ れ ?


――――陛下が新しいブウサギを飼ったらしい。

** P SIDE **

 グランコクマの王様が、声高らかにこう叫んだ。
「よし、今日からお前は××だ!」

** J SIDE **

静まり返る寝室。
しかし、その静寂を破る物音が小さく、本当に小さく響き渡る。

(またあの人という人は…懲りないですね…)

どうせまた、ピオニーの気まぐれの「抜け出しごっこ」だか「潜入ごっこ」」だろう。
埋めても埋めても人の外出中に作られる抜け道の出口を見遣る。
そら見ろ、もうすぐでその間抜けな顔にインディグネイションでも打ち込んでやる、と思い、気づかれないようそっと、腕を布団から出した。
そして、光る指先に照らし出されたその姿はジェイドの幼馴染…ではなく、一匹のブウサギだった。

「おっと…!」

寸でのところで打ち込みそうになった術を咄嗟に解除する。
使われることを免れたエネルギーは、空中で分解され、粉雪のように一瞬きらりと光って消えた。

「飼い主に似たんですかね…どうやってここにたどり着けたのですか?」

ブウサギは夜目が利かないと聞く。暗い深夜、しかも陛下の作った抜け穴だ。
人間でも暗くて、明かりを灯さなければ足場も危ういはずなのに…。

ブウサギは、ひとり呟くジェイドを知ってか知らずか、縦横無尽に部屋の中を散策し、とある場所を見つけてぽすんと腰を下ろした。
それは、あの人がいつも座る小さなクッション。
腰掛けたり、暇を持て余して胸に抱いたり、そうやってジェイドの仕事が終わるのを待ってくれるあの人。

「ダメですよ、それは。ダメですってば…!」
ブウサギの鼻水などつけられたら堪らない。それでなくともあの人は大してこの部屋に来てくれるわけでもないのに、それ以上に足が遠のいてしまったら、ささやかなジェイドの楽しみがなくなってしまう。

寒い室内。
ブウサギごときにベッドから降りるなど癪に障るが、この場合はやむを得ないだろう。
クッション腰を落ち着かせようとしているブウサギをやんわりと降ろさせて、クッションを捕獲する。

「これ以上、ガイが来てくれなくなったらどう責任とってくれるんですか?」

もちろんブウサギは答えない。
ただ、気に入った場所を取られてしまい、また居心地のよい場所を見つけようと移動し始める。
ちらり、とこちらを窺い、とぼとぼとドアに向かっていく。
ドアがドアだと認識していての行動かどうかは定かではないが、そうだとしても今は深夜。
自分の部屋の中で徘徊されるのも迷惑だが、ブウサギが屋敷内をうろついているなどと知れたら、それ以上に問題になってしまう。

ジェイドは、とりあえず我慢する他はないようだった。ドアの前に座るブウサギ。
「そのドアは、今は開けられませんよ。戻るんだったら抜け道からもどりなさい。
まったく…どういう管理状態なんですか。放し飼いにもほどがあります。
…おや、それにしてもあなたは…見ない顔ですね」
ブウサギを個体別に認識などしたくもないが、いつもの陛下の口上で、ブウサギのそれぞれの違いがわかってしまう自分に無力感を覚える。
いつも鼻を垂れているのがサフィールというのはまあ、すぐに覚えたが、その他にもアスラン、ネビリム、ネフリー、ジェイドそして一番の新顔はルーク。
そのいずれにも、このブウサギは該当しなかった。
「そういえば新しいブウサギを飼ったとかいう話を聴いたような気もしますね…」
 陛下は自分の話したいこと、聞きたいことを矢継ぎ早にまくし立てるので、ジェイドは結果しか頭にとどめていない。
そうだ。そういえばそんな話を確かに聴いた。

『新しいブウサギを飼ったんだ。
それがなぁ、なんとも賢くて俺の………も……だし、それになんといっても毛並みが…………で。
ほんとうに……………そっくりなんだ。やっぱり俺の名付けに間違いはないな!』

そんな話を延々と聴かされた記憶はあるものの、断片的にしか覚えていなかった。
新顔ブウサギは呆然と立ちすくむジェイドを鼻でぐいぐいと押しやる。
「ちょっと、なんですか突然…」
そう抗議してもブウサギには効果があるはずもなく…。
ジェイドは、とすん、とベッドに腰掛けることとなった。
それを見て、満足した(のか定かではないが)ブウサギは、のしのしともと来た道を戻ろうとしている。
暗くて狭い抜け穴。

「なんだ、自分で帰れるんじゃないですか」
 そう言ったものの、なんとなく、その後姿が少し淋しそうで、大丈夫かな、などとおもってしまう。
「気をつけて帰るんですよ。陛下に十分よろしくお伝え下さい」
一瞬こちらを振り返り、ぶぅ、と小さく鳴く。そしてまた、抜け道をのしのしと入っていった。

やれやれ。
ベッドの中に入ると、布団がほのかに暖かくて、自分の身体が少し冷えていたことを知る。
もしかして、自分が寒そうだったからあのブウサギは…と考えたが、そんなわけはないと心の中で一蹴し、身をよじって落ち着く体勢を探す。

そういえば、ガイは必ず部屋を出るとき一度振り向いて、一言かける。

『ちゃんと温まって寝ろよ。風邪ひくぞ?』


** G SIDE **

散歩させるブウサギが一匹増えた。
陛下に何度聞いても、名前を教えてくれないのも何か妙だし、しかもかなりのお気に入りらしい。
本当は名前を呼びたくてうずうずしているのに、
『ガイがこいつの名前がわかるまでは呼ばないと決めたんだ』と何故か頑ななので、なんだかんだで一週間。
新顔の名前もわからず散歩させている。

のしのしのし。

新顔の散歩は一番最後にするように、と陛下に言われているので、結局は夕方近くになってしまう。
この仔は大人しいから案外楽に散歩ができるので、一日の締めにはちょうどよいかもしれない。
ルークなんかは行きたいところへ縦横無尽に歩き回るので、別に苦ではないが結構疲れる。

グランコクマの夕方は、水の宮が夕日を照らし返す。少しずつその光は弱まり、闇に包まれる。
そしてその頃には星の瞬きが此処へ落ちてくるんじゃないかと思うほど。
グランコクマの夜が、ガイは好きだった。
けれども、夜目の利かないブウサギに夜の散歩は酷だろう。日が落ちる前に帰らなくては。

「さ、もう帰るぞ…ええと、新顔!」
「ぶぅ」
珍しくガイに従わず、のしのしと歩き続けるブウサギに「お、おいちょっと…」とガイもつられて歩くしかなく。
ブウサギは身体が大きいから、力づくではなかなか動いてくれない。

着いたのは、裏庭の小さな花園。あまり人が来ないせいか手入れもあまり行き届いていないのに花々は綺麗に咲き誇っている場所。
ガイはこの場所をよく知っていた。一人で考え事をしたいとき、夜星を見たいとき、此処を訪れた。

「お前…此処、連れてきたことなんてあったか?ないよな…?」

ブウサギは「ぶぅ」としか答えない。日はほとんど落ちかけていた。
反対側がもう青に染まりつつある。今から焦って帰っても、どうせあと数分後には夜が来るだろう。
もうどうにでもなれ、とガイはいつものように花園にあるベンチに腰掛ける。
そうすると、顔を上げずとも目の前に星空が飛び込んでくるのだ。
ブウサギが、ガイの足元で腰を下ろし、同じように空を見ている…ように見える。

「お前も、星が好きか?」
「ぶう」
「なんでこの場所知ってんだ?」
「ぶう」
「お前…ガイラルディアって名前なのか?」
「ぶう」
「そっか…」
「ぶう」

ブウサギは「ぶう」としか答えない。

「また明日も、此処に来ような」
「ぶう!」

** P SIDE **

「ガイラルディアは人間の言葉をちゃんと理解するおりこうさんなんだぞー、なー、ガイラルディア?」
「ぶう」

はぁ、と盛大なため息が聞こえたような気がしたがそこはあえて無視してやった。
こんなに利口で、しかも目は愛くるしく、人間の気遣いもできるブウサギは、ガイラルディアという名にふさわしと思うのに、何が不満なのだろうか。

「いい加減、自分の周りにいるものの名前をつけるのはどうかと思います、陛下」
「俺も…旦那の気持ちがちょっとわかった気がします」
「なんだと!名誉なことじゃないか!」
 ジェイドはもとより、当の本人もあまりいい気はしないらしい。

「ああ、そうか。俺が可愛いブウサギ達ばかり可愛がっているから妬いているのか?ん?そうなんだろ?」
「その口が利けなくなるように、縫って差し上げましょう陛下」
「冗談言ってるような顔に見えないんですけど…旦那」
「私が陛下に冗談など申し上げるわけがないでしょう?」
やれやれ、と言った様子でガイラルディアは結局、この話し合いには口を出さなくなってしまった。
馬鹿馬鹿しいと思ったのか、それとも巻き込まれたくないと思ったのかは定かではないが。
どっちにしても、このままだと愛想を着かされそうだ。

「安心しろ。可愛いジェイドも可愛いガイラルディアも、それにジェイドとガイラルディアも、みんなみんな大事な俺の可愛い…」
可愛い、なんだろうか、とピオニーは思いとどまる。仲間?家族?友達?どれも違う。
「可愛い、なんですか?返答によっては命を覚悟しておいたほうがいいですよ?」

「ええと、あれだ…可愛い 恋人 だ!」

どごん、と大きな音がしたと思ったら、視界がまっさかさまに反転した。
驚いたガイラルディアが、「ぶう」と一声鳴いたのを、聞いた気がする。



 *** HAPPY END ? ***



この小説はアンソロジー「JPGへようこそ!」に寄稿したものです。

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