帰るべき場所 ―――キィィン――― 小さな、本当に小さな耳鳴りがする。 昔のような頭痛ではない。懐かしくすら思う、あの感覚。 でももうあんな痛みは感じない。あれはあれで結構痛かった。 「どうした、ルーク」 食事中に手が止まったルークを不思議に思ったのか、ピオニーが声をかける。 「え、あ、いや」 言葉に詰まるルークに、ピオニーは何を言うわけでもなく、ふぅん?と声を漏らし、にやにやとするだけだった。 「具合でも、悪いのですか?」 神妙な顔で、ジェイドも話しかけてくる。 しかし、ルークは本当のことを言うわけにはいかなかった。 (なんて言ったらいいんだろう…。) うまい嘘の付き方なんて、よくわからなかった。そういえば、産まれてこの方、嘘らしい嘘なんて付いたことはなかったかもしれない。 「やっぱりあれだな…ガイがいないとルークは元気が出ないんじゃないか?」 「そうですねぇ、こんな変態陛下と一緒の食事じゃ、美味しい料理もまずくなりますよねぇ」 にこにこと、いつもの顔でジェイドは話しているはずなのに、言葉がグサグサとピオニーの身体に突き刺さっているように思えた。ピオニーも痛そうな顔をする。 「お前の愛情は痛いよ」 「どこをどうとったら愛につながるんですか」 「ごめん、俺ほんと…ごめん」 自分のせいで喧嘩し始めてしまった大人達へ咄嗟に謝る。 何を言いたいのか、よくわからなくなってきた。とりあえず、ごまかさなくてはと思っていたのだけれど。 「いいんですよ、ルークは。悪いのはこの変態オヤジです」 「俺かよ…まあ、いい。ルーク、具合が悪いんなら休めよ」 もしかしたら、ルークが言いづらいのを二人は察してくれていたのかなと思う。思い違いかもしれないけれど。 「うん、大丈夫だよ。ありがとう」 「それならいいんです」 食事を再開する。 ルークはほんと可愛いなぁ、と呟いたピオニーに、ジェイドは冷たい視線を向けた。 キノコロードでアッシュと再会してから3日が経っていた。 夜中、グランコクマを抜けてあの場所にいったことは、気づかれていないようだった。 グランコクマにいるのは、本当に偶然だった。 ルークがこの世に再度生を受けて1週間。国はてんやわんやだった。式典だのなんだの、さまざまな人に会い、祝福の言葉を投げかけられ、そして色々な服を着た。キムラスカの人々でルークの存在をしらない人は、もはやいないのではないかと思われるくらい本当に色んなところに行った。 正直、ちょっと疲れてしまった。 両親はそれはもう嬉しかったに違いないし、その思いは伝わってきたのだけれど。 ルークは、みんなに会いたかった。 再開した夜以降、結局みんなとゆっくり話す機会がなかった。 機を見て、両親に話し、皆に会う時間を得ることができた。 そして最初に訪れたのがグランコクマだった。 陛下とジェイド、それにガイ。 ファブレの家に、ガイはもういなかった。 もう、俺の居場所はないんだよ、と笑いながら言っていたガイの顔が目に浮かぶ。そんなはずはない。だって、ペールは未だファブレ家にいるのに。 どんなことを言っても、ガイは少し困ったような顔をして、笑うだけだった。 ガイは、嘘をつくのとごまかすのがうまい。 でも、ガイは俺にいろんなことを教えてくれてきたけれど、嘘の付き方は教えてくれなかった。 大人って、ずるい。 グランコクマに到着したその日に、アッシュを見つけた。 ずっとずっと、かすかな耳鳴りがしていたのだ。 それが何か、最初わからなかったけれどグランコクマに来て、その耳鳴りがほんの少しだけれど大きくなった。 そして、波が、自分に交わってくる感覚。 「アッシュ…?」 声をかけてみる。波長が、乱れる。間違いない、これはアッシュだ。 そのあとは本当に夢中で、アッシュに話しかけるしかなかった。アッシュが頑固なのは知っていたし、なんとなく、アッシュが自分に見つからないようにしているのもわかっていた。 アッシュと付き合うのは必要なのは、根性だと思う。 波長の強さは、アッシュに近付くにしたがって大きくなるらしい。 それに従い、どんどん森の中をたどっていった。 見つけた。もう離さないつもりでいた。なのに。 アッシュはまた、自分の元から離れていってしまった。 一緒に、家に帰れると思っていたのに。 あとで行くからと、言っていたのに。 アッシュにいくら声を掛けても返事がない。 ただ時折、小さな耳鳴りがするだけ。 そう遠くには行っていない様で、近付いたり離れたりがよくわかった。 もしかしたら、アッシュはやっぱり独りでいたいのかもしれない。 そうじゃないと思っていたのは自分だけなのではないだろうか、と。 夜が来る。世界が静かになる。 ルークのために用意された部屋は少し広いくらいで、豪華すぎず、シンプルなつくりだった。 とすん、とベッドに座ると、そのまま横に倒れる。 明日、一度キムラスカに帰ることになっていた。 アッシュにこのまま会えなかったら、いつ会えるかわからなくなる。 なんとなく、ジェイド達にアッシュのことは言っていなかった。 アッシュにとって、何が嫌がることなのかがわからなかったから、余計なことはとりあえずなにもしないでおこうと思ったのだけれど…。 何が良策なのか、だんだんわからなくなってきた。 やっぱり、相談したほうがいいのか。 カタカタと、窓が音を立てる。 この城の部屋はどこの窓も大きい。 天井まで伸びる窓は左右が頂点でクロスしていて、星がきらきらと輝いているのがよくわかる。 「アッシュもどこかで、この星、みてるのかな…」 ぽつり、呟く。 ―――キィィン 少し強めの波動が、頭の中に入ってくる。 「アッシュ?近くにいるのか…?」 咄嗟に起き上がり、周りを見渡した。 あれ、窓が、開いてる…? 「お前はいちいち、動揺しすぎなんだよ屑が…」 ふわりと、背中に重みがかかる。 どくん、どくん。 心臓が、酷くざわめいた。 「アッシュ…」 「お前が感じるように、俺だって、感じられるんだよ…お前を」 波が、襲ってくる。それは自分のそれと重なって、さらなる大きな波に変化していた。 攫われそう。 でも、そうなりたいと望んでいるのも事実だった。 「なんで、いなくなったの。なんで、声かけても何も答えてくれなかったの。俺…やっぱアッシュは俺といたくないのかななんて思って…すごく、悲しかったのに」 自分を包む腕を、ぎゅっとつかむ。外は寒かったのだろう。布地が冷たい。アッシュの素肌はどうだろうか。そっと手に触れてみると、やはり同じようにひんやりとしていた。 「世界を、見てきた。あいつのいなくなった、世界を」 あいつとは誰か。 言わなくてもわかることだったけれど、でも。それを合えて口に出さないのは、互いに深い傷となっているからだろう。 結局討ったのは、ルークたちだった。 アッシュは自分の目で確かめたわけではなかったから、世界を、守られた世界を見たいと思うのは当然のことかもしれない。 けど、 「じゃあ、そう言ってくれればよかったのに」 何も隠す必要などなかったのに。 そう面と向かって訴えようと顔を後ろに向けようとすると、ぐいっと頭を捕まえられて前を向かされる。 顔を早く見たいのに。 「それと、確かめたかったんだ」 「何を」 少し、きつく問い返してしまう。 「お前ができて、俺にできないはずがないということを」 「だから、何を」 「お前を…ルークを見つける…自分の、意思で、自分の、力で」 ―そして見つけた、だろう? くすっと、アッシュが笑った。 こんな風に、アッシュが笑うなんて。すごく驚いて、そして同時にすごくドキドキする。アッシュが自分に笑いかけるなんて…こんなことがあっていいんだろうか。 「見つけてくれて、ありがとう…俺、愛されて…痛っ」 「ばっ…!なんでお前はそんなことをすぐ口に出すんだよ!」 「だって…!アッシュだって実際、同じようなことを言ってたじゃないか!」 「言ってない!」 「言ったもん!」 認めないアッシュに痺れを切らし、振り向きアッシュをベッドに押し付ける。 久しぶりに見たアッシュの顔は今までになく真っ赤で、少し目が、潤んでいた。 「つまり、俺と同じくらい好きだってこと証明したかったんだよな?」 「そういう意味じゃ…」 「そういう意味だって」 「………」 眉間に皺を寄せて考え込み、やがてそういう意味だということにたどり着いたのか、あからさまに顔を背けられる。 ああもう、アッシュってば… 「可愛すぎ」 「なっ…なぜそうなる!」 「そのまんまだろ?もう…無意識に煽るの、困るんだけど」 自分の胸にアッシュの顔を押し付けるように抱きしめる。 アッシュは抵抗しない。赤くなった顔を見られないから丁度よかったのかもしれない。でもそれだけではなかったようで、横抱きにしたアッシュの腕がルークの背中を掻き抱く。 「此処にいるよ、アッシュ。俺は、此処にいる」 「ああ…俺も、此処にいる。お前と、一緒に」 「じゃあ明日、一緒に…帰ろう?俺達の、家に」 ぎこちない、触れるだけの口付け。 十分すぎる答えに、ルークは笑って、アッシュもつられて微笑んだ。 ―――知っているよ 君が此処にいることを。 |