小さな箱庭 大きな箱舟


***
ひとつの塊にふたつの魂が介在するという状態は、何度経験してもあまり好ましいものではない。
考えていることが駄々漏れだし、それが自分の意図しない無意識の考え事だったりしたら性質が悪すぎる。
つまるところ、アッシュは体調が悪かった。そのため、ルークの意識が時折まじっているような状態で、それが殊更に体調を悪化させているような気がしてならない。

『なぁ、なんかアッシュ寒くないか?これって寒気?俺の服より厚着なのに、寒いってぜってぇおかしい』
『寒くなんてねぇよ』
そうは言ったものの、ルークの指摘は当たっていて、熱も上がりかけているのだろう。身体には悪寒が走っていた。

一度ルークと別れてから、新しく生まれ変わったこの大地を見に行った。
それは、どこも変わっていないようで、全然違う星だった。
不思議な感じがした。そして自分がこの景色を見ているということも不思議だった。
だから、ついついいろんな場所へ足を運んでしまい…この有様だ。
しかもアッシュはこの世に再び生を受けてから間もない状況だ。
負荷がかかったのだろう…キノコロードでのあの一件も含めて。

「……」
『アッシュ、そういうこと思い出されると俺、我慢できないんだけど…』
「かっ…勝手に覗くんじゃねぇ…!」
『ごごごごめん、だって…流れて来るんだもん…』

グランコクマで再会して、そして今は船上にいる。
ルークとは部屋は別にしてもらった。あーだ、こうだとうるさそうだったからだ。

ルークと一緒に、キムラスカに帰国する。
それはいいようで、悪いような、アッシュとしてはなんともいえない状況だった。
自分はもう、キムラスカに、ファブレ家に帰る気などなかった。
すでにあそこは自分の「家」ではない。そう自分の中で自己完結してしまっている。
ルークに真剣な顔で帰ろうといわれたものだから、帰ることにしたのだが。帰ったところで何が出来るのだろうか?という何かもやもやとした気持ちがずっと渦巻いていた。
そうすると、また具合が悪くなっていくような気がした。船酔いか?しかしこの船は大きくて、海の上に居るなど微塵も感じられない。
だとしたら風邪が悪化してるんだろう。
何をぐちゃぐちゃ考えているんだ、俺は…。


『そうだよ、アッシュは具合悪いときも考えすぎだ』
『…勝手に人の心を覗いてるんじゃねぇ』
『勝手に入って来るんだもん、仕方ないじゃん?』
『ほざけ、屑が』
『……』
屑といわれて反論しないルークも珍しい。
静かなのをこれ幸いとし、混濁した意識に任せて眠ろうかとした矢先、『嬉しい』と呟くように声が入ってきた。
『嬉しい?』
『え?…あ、俺そんなこと言った?』
どうやら無意識だったようで、少し慌ててルークが返す。
『俺、おかしいみたい』
『知ってる』
『いや、そうじゃなくて!アッシュに屑って言われるの嬉しいかも…。おかしいよな?』
『……』
今度はアッシュが黙る番だった。
レプリカではなく、もうアッシュとほぼ同一な身体を持ち合わせた、言わば完全なルークなのに、奴は屑と呼ばれたがる。
結局のところ、レプリカであろうとなかろうと、奴の頭の中は自分と同じではない、全くの同一なんて存在しないのだなと思った。
『嬉しいなら、いくらでも言ってやるよ、この屑が』
『うん、ありがとう。今日のアッシュは優しいね』
『ばっ、バカなこと言ってるんじゃねぇ!』
こいつと話していると、どんどん身体が悪化する。
寧ろ直接話している方がまだましな気がする。
『ごめん、アッシュ。もう今日は無理なことさせないからさ、そっち、行ってもいい?』
提案は、ルークからされて、アッシュは表面上、渋々了承した。



扉には内鍵などされていなくて、明かりはベッドサイドの小さいものしかついておらず、照らすのはルークよりも濃い、赤い糸の束だった。
「一緒に入ってもいい?」
アッシュが特に反応を示さなかったので、ルークは了承と受け止め、なるべくアッシュの体温を奪わないようにと静かにベッドの中に入った。
背中側に陣取ると、ゆっくり抱きつく。身体は熱くて、そして対照的に指先は冷たかった。
「今は寒い?それとも熱い?」
「寒い・・・」
熱は上がり続けているようで、アッシュは寒気を訴えた。アッシュの腕が自分を包むように縮こまる。
ルークはそれを更に上から包み込む。まるで、親鳥が卵を守るように。
「なんかして欲しいことない?」
「じゃあ黙ってろ」
「それで具合よくなるなら黙ってるけどさ・・・」
首筋に顔を埋める。熱による発汗からか、少しアッシュの匂いがした。

黙ってろというので、黙ってそのまま動かずにいると、アッシュの震えが身体越しに伝わってきた。どうやら熱は相当なものらしい。
「寒いときって、なんかあったかいもの飲んだほうがいいんじゃないか?いいやでも、熱は出てるから冷たいものか…?」
黙れといわれても、数分も経たないうちにその約束を破ってしまう自分に気付かずに、ルークは慌てて問いかける。
「いいから」
「や、でも」
「いいから、お前は黙って………そばにいろ」
「あ、はい……」
「……なっ、なんだよ」
「いや、うん…なんでもない」
本当はなんでもないだなんて、まっぴら嘘なわけで、ルークは心底驚いていた。

今までの(というか、一回死ぬ前の)アッシュだったら、絶対こんなこと言うはずなかった。
そばにいろ、だなんて。
例えルーク以外の人間にもこんなこと言わなかったんじゃないかと思う。

アッシュはいつも一人だった。

ルークだった頃も、誘拐された後も、六神将だった頃だって、ひとりだった。
それは紛れも無く、自分という存在があったからだ。
こんなことをまたぐちぐちと言い始めると、ティアに怒られるだろうけど。

だから、いや、だからなのか、難しくてよくわからないけれど、アッシュをもう一人にさせちゃいけないと思った。
アッシュは、ルークのために生きてくれてもいいと言ってくれたんだから。
こうしてこの腕の中に存在するのだから。

「一緒に来てくれてありがとう、アッシュ…」
「礼を言われるようなことは、別にしていない」
「そんなことない!アッシュが生きてて、一緒に居てくれて、それだけで奇跡みたいなもんなんだから。だから…その」
「なんだ」
「幸せにするから。がんばるから!」
「おっ、お前はホントに…」
「ホントに?なに?」
「もう本当に黙れ、屑がっ」
「へへへ、ごめんごめん。もう本当に黙る。おやすみアッシュ」
ぎゅっと抱く手に力を入れる。アッシュの手は仄かに暖かくなっていて、震えは収まったようだった。





朝日がカーテンから漏れ出て、室内を照らす。気だるい身体が、ぼんやりと覚醒し、アッシュは目を覚ました。
身体はまだルークの腕で拘束されていて、寝返りを打つのも一苦労だった。
ルークの顔をのぞくが、起きては居ないようだ。
目を閉じて、抱き合うようにまた身体を寄せ合う。
きっとルークは、起きたら驚くだろう。それもまあいい。

『すでに十分すぎるくらい幸せなんだよ、この屑が』

心の中の呟きを、ルークが聞いているとも知らずに呟き、また眠りについた。



2009.11.02
私の中のエンディング後は、二人がいちゃいちゃしながら世界の問題などを解決したりしなかったりする、平和な世界です。

2009.12.13 改定
若干書き直しました。場所がグランコクマだったのを船上にし、「帰るべき場所」とつなげました。


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