こんな風に最悪の事態になるとは予想だにしなかったので、まずは自分の混乱具合を把握しようと努めたが、無論、無理に等しかった。


○がつ×にち くもり ガイが猫になった


それは突然、旅の途中で起こった。
夕食の後、ちょっとやりたいことがあるからといってそそくさとガイが姿を消したなと思った晩の刻。ガイはルークの隣部屋だったので、壁は薄くないが大きな音がすればさすがに聞こえる。

日記でも書いて今日はさっさと寝るかなと思った瞬間、大きな音が聞こえた。ちょっとした爆発音。
ぼふん、とも、どすん、ともつかないような鈍い音がして、すぐに静かになった。
「なにやってんだ?ガイ」
心配になってすぐ外に出て隣部屋の扉をたたく。返事はない。
ノブを回してみると意外にも鍵はあいていた。

中に入ると、特に変わった様子はなく、もくもくとした煙も焦げたような匂いもしなかった。おそるおそる部屋の奥まで入っていく。と、ガイ…のような生物がソファーに横たわっていた。
その生物は、金髪で目が青くて、確かに顔はガイに間違いなかった。が、顔はいつもの優しい表情ではなく警戒しているような様子で、四つんばいのような格好をしており、ルークが近づくたびにびくりと身じろいだ。
最大の相違点は、その生物には頭の上に大きな耳がついていた。

「ガイが猫になっちまった・・・」

ソファー近くのテーブルには、音機関らしき機械がおいてある。
どこかで見覚えがあるような…。そうだ、ピオニー陛下に壊れた音機関をもらったとか言っていたような気がする。満面の笑顔で。
特に興味がなかったので聞き流していたが、どうやらそれが誤作動した(もしかしたらこれが本来の使い道?なのかもしれない)ようだった。

「ガイ?そんなに怯えなくても大丈夫だぞ?」

おそるおそる近づいてみるが、やはり威嚇されているようで怖くて近づけない。手を近づけた日には噛み付かれるか引っかかれるんじゃないかと恐怖でなかなか解決策を見出せずにいると、突如、ドアをたたく音がした。
「ガイ、なにやら大きな音がしたようですが」

ジェイドだった。
ルークはこの状況でジェイドを招き入れることがよい結果を招くとは決して思えなかったが、このままでは何の打開策も思いつかないと判断して、しぶしぶジェイドを部屋に入れた。

「おやおやこれは…」
困っているのか、楽しんでいるのかわからないような声をあげると、顎に手を当ててどうしたものかと逡巡しているようだった。
「こっちの言葉を理解できないのか、話しかけてもだめなんだ」
ジェイドが近づいても結果は同じで、1m以上距離を置かないといつでも飛び掛ってきそうな勢いだ。
「こういうときはやっぱりアレでしょう」
「アレって?」
「ねこじゃらし」
「はあ・・・?」
「猫といえばねこじゃらし。定番じゃないですか」

ジェイドは部屋の中を物色し、紐にハンカチをくくりつけて簡易的なねこじゃらしが完成する。
「そんなんで解決するのかよ」
「まあまあ、私の理論が正しいことをお見せしましょう」

ひょいっと紐をガイのほうに振ると、目線を動かしてそれを追っている。
「ぜんぜんだめじゃんか」
「猫って言う生き物は長期戦なんですよ」
もういちど引っ込めてまた投げる。ちょっとずつ目だけではなくて身体もねこじゃらしを追う様になり、はしっとハンカチを掴まれた。
「ガイが釣れた・・・」
「まあ、私にかかればこんなもんですよ」
あぐあぐとハンカチを甘噛みしているガイを二人で見る。だが、なんか違うような気がしてきた。
「これって解決してなくない?」
「おや、ガイが楽しければそれでいいのでは?」
「俺はガイを元に戻したいんだけど」
「私はこんな稀有な生き物、そう簡単に手放すつもりはありませんが」
やっぱりジェイドをこの部屋に入れたのは失敗だったな、とルークはつくづく後悔した。

ルークとジェイドが部屋にいる空気に慣れたのか、二人が近づいても怒らなくなった。
「そろそろ触っても大丈夫そうですね」
「なんかその言葉に悪意を感じる…」
「ほほう、私が何か悪事をたくらんでいるとでも?」
「自分が一番わかってるんじゃねーか」
「何の事だかよくわかりませんねえ」
「・・・」
ジェイドがねこじゃらしで遊んでいるガイの頭に触れる。耳がぴくんとくすぐったそうに動く。しかし、嫌がっている様子はなかった。
撫でられるのが気持ちいいのか、逆にジェイドに擦り寄ってくる。
「この生き物、やばくないですか」
「どういう意味だよ…」
ルークとしてもわからないでもないが、一応聞いてみた。
「破壊力というか、危ういというか・・・」
「だから早く戻そうって言ってんじゃんか!」
「なんでですか。もったいない」
ジェイドとガイのスキンシップは徐々にエスカレートしていき、ガイは大きな身体をジェイドに擦り付ける。
「気持ちは猫でも、身体は人間ですからね。重いですよ、ガイ、ガイってば、ちょっ・・・・・・・・いだっ!!!」

猫は動くものと光るものが大好き。
ガイ猫の目に止まったのはジェイドの眼鏡だったようで、猫パンチ、ならぬ右ストレートが顔面に命中したようだった。

「だから元に戻そうっていってんじゃんか・・・」
「私は反省して自室に帰らせていただきます」
「あ、こら、逃げてんじゃねえ!!」
ジェイドはこれで懲りたのか、そそくさと戻っていってしまった。
好都合のような、結局何も解決していないような。
知ってか知らずか猫はご機嫌で、ごろごろとベッドの上でくつろいでいる。

「ったく、音機関好きにもまいるぜ。」
策も浮かばず猫、もといネコミミの生えたガイの頭を撫でてやる。するとどうだろう、少し目がとろんとしてきた。
いつものガイならこんな顔は決して見せない。ニコニコ笑っている表情の裏に、きっとなにか思うところがあるのだろう。そんな表情をいつもしているようにルークは思う。大丈夫だよ、そう言って笑ってる顔だって、それは皆を安心させるための作られた表情なのではないかと疑ってしまう。
何の苦しみも、過去も、未来も、人として考えなくては生きえないことから全て解放されて、ただ生理的に睡眠を欲っしている顔を、こんなにも貴重だと感じるのは良いことなのだろうか。
ルークの手はガイの頭を撫で続ける。瞳はもう、開いているとは言いがたい。

眠る猫の隣に横たわってみる。
ルークが立てる衣擦れの音に猫の耳がピクリと動き、すぐに動かなくなった。
その寝顔に誘われ、ルークもまた意識を手放した。




*epilogue*
次の日の朝、ガイのベッドで寝ていたルークは、いつもの声で起こされた。
「もう起きる時間だぞ、ルーク。ていうか、なんで俺の部屋にいるんだ?」
昨日のことを覚えているのかいないのか、ガイは懲りずに音機関を弄りながら声をかけるものだから、ルークは慌ててガイからそれを取り上げたのは言うまでもない。

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