白い雪原に落ちた、椿が二つ



かいはなびら



「なに…その、目」
「………」
「このあいだあったときと、違うじゃないか。目の色。い…」
「………」
ジェイドは答えない。
いつもそうだけれど、やっぱり今日も答えてくれない。

どくん、どくん。
五月蝿い音が体中に広がる。

「ジェイドは、譜眼に成功したんだよ!」
サフィールが、興奮して捲くし立てる。
ジェイドがやったことなのに、まるで自分のことのように。
「サフィールに聞いてるんじゃないよ。僕はジェイドに聞いてるんだ」
「だからジェイドは譜眼に…」
「サフィールは黙ってて」
「なんか…怒ってるの?ピオニー…」

サフィールは毎日ジェイドに会えるから、目の色が変わった理由について知ってるのも当然だろうけれども。
ジェイドの口から聞きたかった。
頻繁には外に出られないから。
ちゃんと聞きたかったんだ。

「自分でやったのか」
「…そうだ」
「それって、危険なことなんじゃないのか?もし失敗してたら目が見えなくなってたんじゃ…」
「そんな失敗はしない」
「だけど…」
「五月蝿い」

壁にかけてあるコートを取って、ジェイドは外へと行ってしまう。
どうして、ジェイドには伝えたいことが伝わらないんだろう。
視力だけじゃない。
それって死ぬかもしれないんじゃないのか。


ジェイドの目は燃える様に赤いはずなのに。
氷の様に冷めた目だった。





「ジェイド」
「なんですか、陛下」
「二人でいるときくらい名前で呼べよ」
「陛下は陛下じゃないですか。それとも、私がいない間にボケてしまったんですか?」
「…茶化すなよ」
「陛下が変なことを仰るからです」

隊は全滅。
行方がわからない。
死んだかもしれない。

そんな報告ばかりをもらっていたこの数ヶ月。
どんな思いでこの城にいたか。この男はきっと考えもしないのだろう。
此処から一歩も出られない。
結局は、ケテルブルグに居たときとあまり変わらない。
知ることは、すべて人伝いのことだらけで。
探しに行くことも、あまつさえ気を落とす姿を見せることさえ出来ない。


ジェイドは昔に比べて、別人のように人当たりが良くなった。
よく笑うし。冗談も言う。
でも目は、あの日初めて見たときと同じ。

焔の中に放り込んでも溶けない氷。

「そろそろ出発するのか」
「ええ、そうですね。陛下のように暇じゃないですし」
「…俺は俺なりに忙しいんだよ」
「…冗談ですよ。誰も、陛下がぐーたらでブウサギと遊んでばかりいるだなんて言ってないじゃないですか」
「言ってるだろ」


死を理解できない子どもは、大人になっても死を理解できないのか。
何事もなかったように戻り、そして何食わぬ顔でまた自分の元を去る。

本当は知っている。
自分の言っていることこそ子どもじみている、と。


だからせめて、
このうつくしい獣がまたこの場所に戻ってきますように。




雪国悲恋企画様に寄稿
2007.03.04 疾風

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