大人だって夢を見る
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其処は、紛れも無くケテルブルクだった。
当然のように研究室があり、所長はネビリム先生。
なんの研究をしているのかは、定かではない。各々がただただ研究に没頭していた。
レプリカの研究だったかもしれない。でもその必要はない。ネビリム先生が生きているのだから。
矛盾している。
そう思っておかしくないはずなのに、なんとなく納得してしまう自分がいる。
大概において夢とは、そういうものだ。
自分もジェイドも、姿は今と同じ大人の姿なのに、ネビリム先生は思い出のものとかわらない。
小さい頃に見上げていた先生の顔は、同じ目線から見ても綺麗だった。
「先生、例の試験データなのですが」
「ああ、アレね。私も聞きたいことがあったの」
昔と変わらず、ネビリム先生と呼ぶこともちゃんと考えればおかしいのだが、自然なやり取りとして疑わなかった。
窓の外に見えるは、見慣れた雪国。
「今日は一日中降っていますねぇ」
独特な、ゆったりとした口調でジェイドがぽつりと呟く。
皆が作業の手を止め、窓に目をやった。
雪が降っているのに日は差していて、雪がきらきらと光っているのが眩しい。
子供たちがきゃいきゃい言いながら雪で遊んでいる。よく見ればそれは、幼い自分たちだった。
幼いジェイドは雪遊びの輪には入らず、玄関の小さな屋根の下でぽつんとひとり座っている。
本を読みながらも、時折じっと見つめるその先に映るのは…きっと幼い自分ではないだろう。
悔しい。
夢なのに、どうしてそこは現実的なのか。
「子供はいいですねぇ、無邪気で」
そんなディストの思いを知ってかしらずか、大人になったジェイドがまた呟く。
「どちらかというと、今のあなたのほうが無邪気なんじゃないかしら?」
そんなネビリム先生の指摘は、言いえて妙だった。
今のほうが、ジェイドはよく笑い、冗談も言う。
そこだけを指せば無邪気と言えなくもないかもしれない。
「でも、貴方は今も昔も私に対しては冷たいじゃないですか」
そんなふうに、憎まれ口をたたいてみる。
現実だったらきっと、無視されるか、無視されるか、無視されるに決まってるので、どういうふうに返してくるのだろうと思った。
「そんなの、決まってるじゃないですか。貴方が…」
―――好きだからですよ
大人だって夢を見る。
こんな夢なら何度見てもいい。
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何度も、何度も。繰り返し見る夢がある。
あまり夢は見ない性質だ。眠りが深いのだろう。軍人としてどうかと思うが、短時間で休息を得られる合理さは、気に入っている。
だから、夢を見るとき自分はだいぶ参っているか、疲れているか、不安なんだと確信する。
自分は自分に疎いと言うことを確信しているので、そういう指標が無いと体調を崩すことにもなる。
だからその夢は、シグナルなのだ。
休みが必要だと。自分を過信するなと。
そういう自らの警告なのだ。
その夢は、本当に単純な夢で。
絶対に人には言えないなと思う。
こんな夢を繰り返し見るなど、しかもその夢の登場人物には決して言えない。
言いたくない。
自尊心が赦せない。
それは遠い昔の記憶の一場面。
二人で手を繋ぎ、あの白い、白い雪道をひたすら走っていく。
もう走れないと言っても、聞く耳を持たない彼はぐんぐんとジェイドの手を引っ張っていく。
苦しくて苦しくて、空気は寒いはずなのに身体はぽかぽか温かくて、コートなんて脱ぎたくなる。
そして突然手を引く力が弱くなり、くるりとこちらを向いて。
「ジェイドに、これをみせたかったんだ!」
そう笑いながら、まっすぐと指差す先に見たのは、小さな小さな赤い花。
なんでこんなもののために走らされたのかと抗議する。
現実に、その昔自分はそう抗議したような気がする。
そういう不利益なことが当時の自分は大嫌いだったし、彼は彼でそういう不利益なことばかりする子供だった。
今でも、そうだが。
それでも、彼は物怖じせずに、必ず、こう答える。
「雪の中でもこうやって、咲いてるんだぞ!ジェイドみたいだなって、かっこいいなって思ったんだ!」
その言葉と、ピオニーの満面の笑みが脳裏に焼きつく。
そしていつもここで目が覚めるのだ。
「あなたには、かないませんね本当に…」
離れていても、あなたはいつでも私を元気付けることが出来るのですから。
2007.04.03 疾風